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院長プロフィール

院長 石橋 充行 プロフィール

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肩書

合同会社生涯健康実践会 代表
氣功療術院シンメトリー 院長
セルフケア講座 講師

資格

・氣の健康学士
・心身統一合氣道会 三段

生い立ち
  • 1964年北海道釧路市生まれ
  • 31歳から合気道と氣による健康法を学び始める。
  • サラリーマン時代に知り合った妻と結婚。
  • 2011年1月に釧路に帰り、同年5月氣功療術院シンメトリーを開院。
  • 2013年2月。合同会社生涯健康実践会を鶴居村に設立してからは妻と共に会員の健康づくりに注力している。乗馬をしたり、カヌーをしたり、様々なアクティビティを積極的に取り入れ、「体の使い方」を研究して、会員に体の使い方を還元している。

 

経歴
  • 1985年4月藍沢證券株式会社(現在東証一部上場)に入社。
  • 1995年7月同社退職(最終役職 係長)
  • 1995年9月 氣の健康学院に入校。本格的に氣の健康学を学び始める。
  • 1995年10月より合気道を故・藤平光一先生(十段)より学び始める。
  • 1997年9月 氣の健康学院(旧)を卒業。氣の健康学士取得。
  • 2002年故・岡林龍之先生のアヒムサ健康法に出会う。
  • 2002年より上記健康法を独自に研究し始める。
  • 2005年上記健康法を独自に習得。
  • 2005年~2010年まで独自研究を重ねる。
  • 2011年1月故郷の北海道釧路市に帰る。
  • 2011年5月氣功療術院シンメトリーを開院。
  • 2012年4月合気道教室開設
  • 2013年2月鶴居村に移転して合同会社生涯健康実践会を設立。
  • 同年、各種健康教室を自主開催~。
  • 同年、各種健康教室を自治体、各種団体、企業より受託。
  • 2020年11月セルフケア講座開講。
講演・セミナー開催実績


2013年3月~6月自院にて健康講習。
2013年鶴居村グリーンパークホテルにおいて健康講習。
2013年鶴居村商工会主催で商工会の会員さん向けに講習を行う。
2013年11月釧路新聞社読者プレゼント企画で釧路市内レストランにて健康講習。
2014年9月釧路新聞社読者プレゼント企画で釧路市内レストランにて健康講習。
2014年10月コア鳥取で健康講習。
2014年10月釧路管内体育協会主催の体の使い方講習。
2014年11月釧路市内中学校PTA 講習。
2015年4月コア鳥取で健康講習。
2016年4月釧路西部図書館にて健康講習。
 

ごあいさつ

こんにちは。氣功療術院シンメトリー公式サイトへようこそ。

院長の石橋充行です。長くなりますが、ぼくがこの院を開設した経緯と思いをつづりました。
お暇なときにお読みくださいませ。

ぼくがこの道に入ったのは31歳の時ですから、この記事を書いている56歳で25年になります。
病気や死を極端に恐れた半生でした。病気にならない方法やなっても自分で治せる方法を求めた結果です。

なぜ病気や死を怖れるようになったのかというと、僕が6歳の時、父親が38歳で糖尿病と診断されました。近所に住んでいた祖母がかけつけてきて、父にこう言ったのです。「お前のお父さんも亡くなる1週間くらいまえに、肩が凝った肩が凝ったって言ってたものな。」

『糖尿病?何?そんなに怖い病気なの?』

『肩こりってなんだ?』

『うん?そういえば、祖父はいないけれど、どうしたのだろう?』

そういう不安や疑問が浮かびました。

その時、父方の祖父は、父が3歳の時に、33歳で心臓発作で亡くなったことを知りました。
これが最初の病気への恐怖が生まれた瞬間です。

その同じ時期、母方の祖父も母が4歳の時に、病気で亡くなったことを知りました。

以来、父親は、定期的に病院に通院して毎日、たくさんのクスリを服用することになりました。

それから、しばらくするとぼくは、小学校1年生になり、そのころから肩こりを覚えるようになったのです。後から考えれば、死の恐怖が作ったメンタルが原因の肩こりだったのだと思います。

4歳のころから、ぼくは風邪を引きやすく、風邪をひくたびに、胃が痛くなり、微熱が続き、ご飯を食べられなくなって、便秘になりました。いろんな小児科に連れてかれましたが、体質は変わりませんでした。小学校6年生の頃に、総合病院で検査を受けて、「自律神経失調症」と診断されました。

子供のころから、こうした体質を変えようと、本を買ってきては、ヨガ、導引術、ストレッチ、ツボ押しなどをやり、健康食品やサプリ、良いと言われることは片っ端からやりました。

社会人1年生のとき、いわゆる五月病だったのでしょうか、胃痛がひどくなって、病院で胃カメラの検査を受けたところ、「慢性胃炎」と診断され、一生、クスリを飲まないといけないと言われました。

仕事をするようになってから、肩こりがひどくなり、しょっちゅうマッサージにかかっていました。風邪にかかる頻度がドンドン多くなりました。1番酷かったときは、日中に「あれ、のどの痛みが消えた。風邪が治ったかも。」と思っていると夕方には、のどが痛くなるのです。おおげさでなく、風邪を引いていないときは、1年の間に1週間くらいしか無かったです。

そのころは、風邪と胃痛は慢性的でしたが、仕事が忙しく病院に行く時間が無くなってきたので、市販薬をデスクに常備していました。ある日、また胃痛がしたので、デスクのクスリを飲みましょうと見ると、クスリが切れていました。

『しまった』と思い、しかし、あまりに痛く、買いに行く気もおきずに、そうだ、会社に置きクスリがある。あれをもらおう、と女性事務員に頼んだのです。

その女性事務員の話が、ぼくの病気に対する考え方を180度変えたのです。

彼女は、真顔でこう言ったのです。
「石橋さん、クスリは出しますけど、胃薬は胃を荒らすって知ってました?」

『えっ、何言っているの?』おそらくその時のぼくの表情は、相当、間抜けな顔をしていたことでしょう。全く理解できませんでした。とりあえず、胃薬をもらったのですが、さきほどの彼女の言葉と表情が頭から離れませんでした。

『待てよ、彼女が言っていることが本当だったら、どうしよう。』そこで、そのとき、クスリを飲まずに、デスクに「くの字」になって、我慢しました。

・・・40分くらい経った時。『あれっ?痛くない』。なんと胃の痛みが消えたのです。

初めての経験でした。痛みがあれば、クスリを飲む。風邪を引いたらクスリを飲むのが幼少期から当たり前でしたから。

その経験から、ぼくは、なぜ痛みが消えたのかを考えました。もしかしたら、人間には、身体を良くする力があるのではないか?それをクスリを飲むことで、その力を抑え込んでいた、途切れさせていたのではないか?と仮説を立てました。24歳の時でした。

同じ年に、風邪薬も飲むのを止めました。それ以来、胃薬も風邪薬も一切、飲んでいません。

それから、3年経った27歳の時に、59歳の父親が腎臓がんを発症して摘出手術を受けました。この知らせはショックでした。そして考えました。父親は、明るい人でした。ずっと北海道の田舎暮らしです。どうして糖尿病だけでなく、ガンになったのだろう?小学校の教師でしたが、当時の小学校の教師は、子供の目から見ても、本当に楽そうでした。帰ってくるのは5時台で、6時になると毎日、夕食。こんなストレスレスな環境でガンを発症した理由がわかりませんでした。

このままではマズイ。ぼくの病気への恐怖。死への恐怖はMAXになりました。それから3年間は、生物学、天文物理学、歴史、熱学、難しいものは、子供向けに書かれた本を活用して、あらゆる勉強をして、仮説を立てました。
 同時に、当時のお客様の中で、元気な高齢者に健康法を尋ねまわりました。何か共通点があるのではないかと思ったからです。しかし、残念ながら、共通点は見つかりませんでした。
 31歳になったとき、合気道家の書いた本に出会いました。これまで自分が勉強してきたことと矛盾しない内容であったこと、さらに言葉だけでなく、それを超えた「体現」があったので、これだと思い、それまで10年務めた会社を辞めて、その退職金で氣の健康学院(当時の名称)に入りました。
 2年間の学院でしたが、合気道の先生が教える内容でしたし、講師の先生方の多くが、合気道をやっていたことから、合気道を翌月から始めることにしました。

 父は、この学院で学んでいる時に、亡くなりました。1度だけ帰った時に、氣圧をしたことが思い出されます。珍しく父が、便秘で2週間くらい出ていないと言うので、お腹に氣圧をしたのです。1時間以上したでしょうか。翌朝、父が「いやー大変だったよ。夜中じゅう、6回トイレに行った。出る出る。凄かったー。」と喜んでくれました。

 ぼくは全然、満足できずにいました。ぼくの肩こりですら、毎日やっているのに、治せずにいました。やったときは、柔らかくなるのに、すぐに元に戻るのです。お客様へも同じでした。

習い始めてから、7年が経っていました。同じ学院で学んだ仲間の整体師の先生から、「面白い先生がいる。学びにいってみたらどうだ」と言われ、ぼくは半信半疑で行ってみたのです。

それが、現在行っている氣の健康法の土台となるアヒムサ健康法との出会いでした。故人・岡林龍之先生は、当時、全国で10数か所、一般人向けに家庭健康法として教えられていました。

 最初に行ったときでした。ぼくともう一人のおじ様が初めて来られた人でした。他には10数名来られていました。ぼくとそのおじ様は二人で組みました。先生が、あなたのテーマは何ですか?と聞かれたのですが、何のことかわからずにいました。そこで、先生は、そのおじ様に同じ質問をしたところ、おじ様は、「十二指腸潰瘍なんです」と答えられました。
 そこで、おじ様にうつぶせいなっていただき、先生が、背骨を一つ一つ、上から順番に軽く触っていったのです。「悪い処があれば、それは背骨に現れる」ということでした。そして胃の上あたりの骨(胸椎の8番か9番あたり)を触ったとき、「ここ痛くないですか?」と聞かれました。おじ様は、「はい、痛いです。」と答えました。先生は、ぼくにも押してみるように言われました。触ってみると、確かに、そこが凹んでいました。「痛いですか?」「はい、痛いです」会話の後、先生が、おじ様の最良い処を見つけました。そして、ぼくに、「ここに(おじさまの左足首)3分間、氣を入れてください。」と言われたのです。えっ、ぼくが?と思いましたが、言われたとおりやりました。

 3分が経ったとき、先生が「はい、3分経ちましたので、みなさんやめてください。」と言われ、おじさまの処にやってきて、またうつぶせになってもらいました。先生が凹んでいたところをさわって、うん戻っていると言い、痛いですか?と聞くといえ、痛くありません。とおじさまは答えました。は?何、それ?頭の中が?になりました。先生がぼくにも確認を求め、触ってみると明らかに凹んでいた骨が正常と思われる位置に戻っていたのです!

 なんだ、これは!凄いじゃないか!

ところが、講義内容が必ずしも健康法を教える内容だけではなく、世界情勢の予測とか、やっている内容が高度で難しかったこと。一緒にいた先輩たちが10年以上やっているのに、「最も良い処」がわからなかったことを聞きました。ここに居ても掴めないと思い、そこへは3回通ってやめました。

では、何をすれば掴めるのか?ぼくには、目星がついていました。初回に行ったときでした。先生は、ぼくの手の平にご自分の指を少し離し、指から氣を出して「感じますか?」と尋ねられました。次に、ぼくに氣を出すように言われてご自分の手の平を出されました。つまり、『最も良い処』がわかるセンサーは手の平で、あとは気を出せればいいのだなと理解しました。極論すれば、この2つがわかれば、アヒムサ健康法は、免許皆伝というわけです。


そこで、その時は、手の平で感じなかったので、もっとセンサーを磨く必要があると判断したので、さらに一生懸命に合気道に励むことにしたのです。そして3年が経ったとき、ある日、合気道を始めるときに、手全体にピリピリとした感じが突然、出てきました。最初は、手にしびれが出る病気かと思いました。

この辺りから、アヒムサ健康法の最大のポイントである「最も良い処」=最も氣の出ている処が、わかるようになりました。氣を勉強しだしてから、ちょうど10年が経っていました。

次に、自分にアヒムサ健康法をやってみました。毎夜、就寝時に5分間を目安にです。ぼくは社会人の最後の方に、仕事がヒマになったので、週に2回バレーボールをやっていました。そのせいなのか、魚の目が足裏に出来ました。最初の1年か2年、氣圧で直接、魚の目を消そうと取り組みました。魚の目コロリなどの張りクスリも使いましたが、ダメで、ずっと10年間足裏に残っていました。その魚の目が、アヒムサ健康法をやって2か月経ったとき、足裏から綺麗に無くなっていたことに気づきました。

最初は夢かと思いました。10年も消えなかった魚の目が、綺麗に無くなったのですから。しかも、特に、魚の目を消そうとかは、まったく思っていなかったのにです。アヒムサ健康法をぼくに紹介してくれた仲間の整体師は、ずっとアヒムサ健康法に取り組んでいました。彼に電話をして、こういう事が起こるのか確認しました。彼が言うには、そういう例はたくさんあるよ。この前なんか、同級生が、鯉のぼりを一人で片付けていて、その支柱を支えそこない、背骨を傷めて、動けなくなった時に、彼の整体院に来たのだそうです。彼は、それは最初、病院だろ、と言ったのですが、もう来ていたので、仕方なく、アヒムサ健康法を1時間ほどやってみたのだそうです。終わってから、他のお客様が来られたので、その間、寝ていてもらったのだそうです。そうしたら、大丈夫と言って、来るときは奥様が運転してきたのですが、帰りは自分で運転して帰ったのだそうです。後日、連絡があり、病院の検査で圧迫骨折の痕があるが、すでについている、と言われたそうです。本当に、驚きました。「これしかない」そう確信しました。

 そう思ったのは、子供のころから様々な健康法を試して、本格的に氣の勉強もして、学院の仲間が主催する他の手技の先生の勉強会にも参加して(治療家は、勉強家の方が多く、毎週のように新しい治療の勉強をしている人が多いのです。何故かというと、治せないからです。)色々と試してきて、本当に、これだと言えるものが無かったからです。

 なにせここまで勉強をしてきた自分が、苦しんでいるのだから、世の中には苦しんでいる人が多いわりにその原因や治し方を知らない人だらけなのです。

 この健康法を普及したら、助かる人が少なくないハズと思い、故郷に帰って開業しました。2011年5月に開業してから来年の5月でちょうど10年になります。この9年数か月の間に、アヒムサ健康法を土台にして、独自に研究発展してきました。もっとも大きく違うのは、体主体から体プラス心に発展してきたこと。遠隔による施術メニューがどんどん増えてきたことです。

 今年からは、このシンメトリーは、技術の研究・実践の場として、さらに役立つスキルを開発していきます。その培ってきたスキルをセルフケア講座とファミリーケア講座を今年から順次、開講します。これからは、ご自宅で自分自身で自分の健康づくりをするのが当たり前の時代にしていけるよう努力と工夫をしてまいります。

 この健康法を通じて、実現していきたいこと。

・身体を健康にする力が自分に元々、備わっていることに一般の方々に気づいていただく。
・身体だけでなく、人生そのものを形成する見えない力にも気づいていただく。

結果、病気に怯えることなく、活き活きと、人生を謳歌していただき、みんながそれぞれ許しあい、認め合う世界を実現することが最大の目的です。

ご来院をお考えの方へ

もしも、あなたがこれまで、どこへ行っても、何をしても良くならなかったとしたら、それは、かつての僕自身です。

スッキリと軽い。
体のことが気にならない。

あなたが、かつて健康だった若いころを思い出してみてください。僕は、子供の頃や若い頃の方が、身体が弱かったので、若い頃には戻りたくありませんが。

元気になられたら、どんなことをしたいですか?
どうぞ、あなたの夢を教えてください。

ご連絡をお待ちしています。

 

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著書

タイトル『未就学児を持つママのための究極のセルフケア「氣の健康法」本の表紙をクリックするとAmazonサイトに移行します。

丹田スイッチメソッド習得塾公式サイト

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INFORMATION

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オンライン施術スタート
2013/1/11
遠隔施術スタート
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心も元気になりました!

釧路管内のT.M様 76歳女性

長年、2人がかりの出張マッサージを利用していました。ある時「(体が)硬すぎて、TMさんの後は、疲れて出来ない」と言われて、それっきりに。ご紹介でシンメトリーさんを知りました。とても楽になって筋肉も柔らかくなったので、今なら疲れるとは言われないですよ。

母と二人でお世話になっています。

釧路市のM.K様

ぜんそく発作が年に数回起っていました。今は、年に1回あるかないかに減ってきています。友人によく勧めています。

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